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イタリア トスカーナ後編  [旅日記]

全行程14日間の旅の三分の二をトスカーナで過ごし、残りはローマです。

ここでの10日弱、サンカッシアーノを足場に、ヴィアレッジョ、サンジミニャーノ、モンテリジョーニ、フィレンツェ、シェナなど、日帰り又は一泊で出かけました。

 

LCH.jpg   海岸.jpg
左:Monteriggioni  は人口500人、丘のてっぺんの中世の村。
周囲は1.5Kmの城壁に囲まれ、観光客の帰った夜は闇と静寂が支配する世界。

右:Viareggio地中海に面したリゾート地、フランカおばさんの娘婿はここで三ツ星のホテルを経営しています。宿泊はしませんでしたが、とてもとても美味しいお昼を頂きました。

 

4じい.jpg   母子.jpg
日伊OYAJI  line up どこの街か忘れました。           Volterro?

  

 

フランカ邸.jpg
フランカさんのヴィラ。
残念ながら全貌が分かる写真が無いのですが、門を入りこんな回廊を通って正面玄関に向かいます。これは以前に生徒さんたちと泊まった時の写真です。
この時フランカさん宅に夕食に招かれた時にも当然一緒に料理しましたし、ヴィラでも何度か夕食を作りました。
こうして、色々な国で色々な人から、料理ばかりでなく、本当に色々なことを教えていただきました。

この後セルジオ父子の車を連ねてローマまで行きました。

ostia.jpg
ローマ市の郊外オスティアアンティカ。
2000年も前に栄えた後埋もれ、ポンペイの様に発掘された古代の港街。

大都市から遠く離れた田舎で、わずか10日間といえども、豊かな自然と食材と人々の中で過ごした後に訪れたローマは、失礼ながら私には大変霞んで見えました。
街を歩けばきらびやかな商品が次から次へと目に飛び込んできます。
ゴージャスなレストランでバチカンの向こうに沈む夕日を眺めながら食事もしました。
けれど今思い返して見て、単なる「記憶」ではなく「旅の思い出」として心に残っているのは圧倒的にトスカーナです。そこでは情の通う人間関係が有ったからでしょうか…
仕事では何度と滞在し、見るべきものが山とあると思っているローマなのですが…

 

ところで、セルジオのおばあちゃん直伝の手打ちパスタの会を、今月22日(木)と24日(土)に開催します。
詳しくは「世界の家庭料理を作って食べる会」のブログをご覧下さい。

 

 


タグ:旅日記

イタリア トスカーナ前編 [旅日記]

今日家を片付けていたら12年前のイタリー旅行の時の写真が沢山出て来ました。

以前、旅行は家族旅行が最高!と書き、アラスカの旅を連載しましたが、実はイタリー旅行とどちらを取り上げようかと随分迷いました。それほど家族大勢で行ったイタリー旅行も楽しかったのです。
けれどもイタリーに比べてアラスカ旅行はあまり多くの方が取り上げていないので、アラスカにしたのでした。

でもやっぱりイタリーも書きたい。また昔の話ですが、少しお付き合い下さい。

メンバーは八十歳一人、七十代三人、五十代二人、そして十代一人。
イタリーでの移動手段には、トスカーナの知人セルジォと彼の父親の運転する車をチャーターしました。

最初の宿泊地はフィレンツェの南約20kmのサン・カッシアーノです。
観光地ではないこの小さな街を選んだのは、セルジォの住む村が近かったためと、もう一人のイタリーの知人フランカおばさんが居たためです。 そして周辺には城壁に囲まれた中世の村や街が無数にあり、訪れて見たかったからです。

San Casciano

 

フランカおばさんはこの田舎町の中心地に住み、郊外のオリーブ畑の丘に大きなビラを所有していて宿泊客に貸しています。私たちもこのビラを借りたかったのですが、ドイツ人家族が丸一ヶ月借り切っていて今回は諦めざるを得ませんでした。
代わりに紹介してくれたのは、7部屋くらいのペンション風のミニホテルです。
そこを足場にトスカーナ地方の古い街と、フランカおばさんのお嬢さんの嫁ぎ先であるピサの近くの海辺の街まで、時に日帰りで、時に一泊して、回りました。

セルジォの家は、街からは車を飛ばして20分の、人里離れたオリーブと葡萄の畑の広がる丘の上にあります。一家は最近(当時の最近)ここにアンティークハウスを買い、大工を引退したばかりのお父さんが内部を近代的に手直ししている最中でした。
庭はまだご覧の様にごった返していますが、尾根に位置しているので、朝日と夕日の両方を眺めることが出来ます。
古いレンガ造りの大きな家は、リフォームと引越しの最中でしたが、中も外もくまなく案内して見せてくれました。
彼はここに両親と祖母と暮らしていますが、夕食にはフィアンセも加わっておばあちゃんの台所仕事をかいがいしく手伝っていました。
私たちはここでの夕食に二晩招かれ、おばあちゃんの素晴らしい手料理のもてなしを受けました。
彼らは夕食は必ず前菜、パスタ、メインディッシュ、デザート、ワイン、コーヒー、付け合せの温野菜もたっぷり…  そしてパスタは週の半分はおばあちゃんの手打ち、残りは買った乾麺だそうです。
私たちがご馳走になったのは勿論二回とも手打ちで、タリアッテッレとラビオリでした。
最初の晩に、娘がトマトをたっぷり使ったタリアッテッレをすごく気に入ったので、おばあちゃんも大喜びし、二日目も娘にだけ特別に同じものを造ってくれました。
私は台所まで入り込み、トスカーナ地方の伝統的家庭料理をしっかりと教えていただきました。

 

DNR.jpg
               右からセルジォのお母さん、お父さん、セルジォです。

写真では背景が良くありませんが、左右に谷を見晴らす広い庭にテーブルを並べての、夕日を浴びながらの夕食は素晴らしかった。
おばあちゃんのお料理は代々培われたのであろう家庭の伝統と愛情に満ち、 ただひたすら私たちを喜ばせて下さろうとする情熱の溢れるものでした。
実際この時受けたもてなしとお料理の美味しさは、私の生涯での最高の経験の一つとして、今もはっきりと心に残っています。
残念なことに次に行った時にはおばあちゃんは既に亡くなっており、お母さんのお料理を頂きました。
三姉妹.jpg71・72・73歳、麗しき三姉妹
    母、セルジォばあちゃん、叔母、既に全員が故人です。
背景がもう真っ暗でしょう? 散々食べて、おしゃべりし、踊って歌って・・・

 

 

  ☆ 次回に続く 。。。

 

 


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アラスカ夏紀行 写真展 [旅日記]

 

アンカレッジから始まりアンカレッジへ戻るアラスカの旅に、長い間お付き合い下さいましてありがとうございました。

一巡りして尚、夫の写したおびただしい数の写真が使われずに残りました。
美しい自然が沢山ありますので、一部をご覧頂きたいと思います。
どうぞもう暫く、アラスカをお楽しみください。

まず、花の写真から…

flw.jpg
この窓辺の花のみ、娘が写したものです。

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アラスカ夏紀行10 Anchorageにて [旅日記]


さて、いよいよアラスカ旅行の起点、アンカレッジに戻って来ました。
州都はジュノーですが、アンカレッジはアラスカ唯一の10万都市であり、商業、金融の中心地です。
とても健康的な活気に溢れた街です。

 

そこここに飾られている色とりどりの花からは、街全体が短い夏を楽しんでいるのが分かります。

ANCロベリア.jpg
            アンカレッジのメインストリート・四番街

 

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アラスカ夏紀行9 Seldoviaへ [旅日記]

 

ホーマーからカチャマック湾を挟んで斜め対岸の漁村、セルドビアSeldoviaまで船が出ているので、海が穏やかな一日私たちも日帰りで行ってきました。

人口300人に満たない小さな村。
その小川のような流れにも、続々と鮭が遡って来ていました。
長旅に耐えて、生まれた川に帰ってきた鮭たちです。

salmon.jpg 

そこここに、既に産卵を終えた鮭の体、つまり子孫を残すと言う使命を終えて天寿を全うした鮭が打ち捨てられています。
これが孵化した稚魚の血となり肉となるのです。

アラスカでは土地の人たちはイクラを食べません。釣りの餌にするだけです。
釣りに使った残りらしきイクラも落ちています。

商業的に捕獲された鮭の卵は、勿論輸出されて私たちの口に入るわけです。

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アラスカ夏紀行8 Homerにて [旅日記]


アンカレッジから370km、海沿いの崖の上を走ること約180km。
ハイウエーの終着点がホーマーHomerです。

spit.jpg
         ホーマーから見た砂洲 Homer Spit。

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アラスカ夏紀行7 Homerへ [旅日記]

 

キナイ川沿いのハイウェーをまっすぐ西に、海へ向かいます。
そして海沿いの道を南下します。


真っ青な空の下、右側は断崖絶壁の下に深い藍色を湛えた海、対岸には真っ白に雪を被った山並みがずーと続きます。

沿道.jpg 

 

木.jpg

 

 

   左側は巨大なヒマラヤ杉の
   森が続いたかと思うと
   白樺林に変わり、
   また急に草原が開けたり。


   いくつか町もありました。 

  ハイウエーの両側には
  二車線分くらいの
  緑地帯がありますが、
  8月には、人間の背丈くらい
  あるファイヤーウィードが
  ピンクの花をいっぱいにつけ、
  延々と咲き乱れていました。

           

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アラスカ夏紀行6 Kenaiへ [旅日記]


6月のキナイ川。夜中の1時頃です。
この辺りでは夏至でも太陽は地平線の下に沈みます。
けれど夕暮れがそのまま夜明けへ、残照が曙光につながります。 

1:00am.jpg

アラスカ州の最北端バローBarrowまで行けば、夏は84日間太陽が沈まず、冬は67日間太陽が昇らないのだそうです。そんな場所もあるんです。

ところで、キナイ半島の西半分を横断するこのキナイKenai川は、季節には世界の大物狙いが集まる所です。追うのは勿論キングサーモン。

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アラスカ夏紀行5 Sewardへ [旅日記]

 

   ホープでゆっくりした後、南へ南へ、アンカレッジから200kmあまり、
   スワード Seward を目指します。

Seward.jpg

                            人と魚と様々な物資の出入りす る港街です。

 

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アラスカ夏紀行4 Hopeへ [旅日記]


再びアラスカに戻ります。 

アンカレッジの街のお話は後回しにして、 キナイ半島のドライブへ出発します。

Kenai.jpg

  最初の時は、漠然と
  スィワードSewardと
  ホーマーHomer辺り
  に行こうと出発しましたが、
  途中のジャンクションで道を
  間違えて、ホープHopeへ
  たどり着きました。
  偶然たどり着いたこの村に、
  私はその後毎回立ち寄るこ
  とになるのです。

  ターナガン入り江を挟んで
  アンカレッジの対岸、
  陸路140km。
  人口130人ほどの小さな村
  ですが、19世紀末にはゴー
  ルドラッシュで大いに賑わっ
  た土地です。


ロッジ、食堂、ギフトショップが2~3軒、町会会館(?)、学校、郵便局。それに海岸には崩れかけた廃屋が数軒。殆ど人影もない寂れた村です。
私たちは、ゴールドラッシュ時代のような食堂、Discovery Cafeに入りました。

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アラスカ夏紀行3 Talkitnaへ [旅日記]

7時間の汽車の旅なんてうんざりと言う方は、デナリへの登山口の村、タルキトナへいらしたらいかがでしょう。ここまでなら3~4時間です。
周辺にだけ、花で飾られたログキャビンが立ち並ぶ、綺麗な小さな村です。
しかしここが北米最高峰デナリ山(マッキンリー山)への登山口ですから、世界中の有名無名の登山家がやって来るのです。

    あの上村直己さんもここから出発して単独登頂に成功しました。
    残念な事に、その帰途に消息をたたれましたが。
    そうそう、その時日本を出発なさった便に私は乗務しており、
    たまたま上村さんがお座りの辺りの担当でした。
    物静かな中に、大変温かいお人柄を感じさせていただきました。

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アラスカ夏紀行2 Denaliへ [旅日記]

アラスカの旅、まずアンカレジから北へと向かいましょう。鉄道地図.JPG

デナリ国立公園まで380km余り(東京ー大阪ほど)を、
展望車付きのアラスカ鉄道で7時間 かけて行きます。

冬は週一便になってしまうこの路線ですが、夏の間は
毎日運行されています。

ずっと緑の原野と豊かな森が続きますが、途中から
背の低い針葉樹が点在するようになります。
永久凍土ーツンドラ地帯に入ったのです。相変わら
ず緑一色ですが、違いがはっきりわかります。夏には
地表は解けるので植物が生えるのですが、その下が
通年凍っているので深く根が張れずに、大きくなれな
いのです。

車掌が絶えず車内を巡回していて、色々な案内や説
明をしてくれます。
窓からたまにムース(ヘラジカ)が見えることがありま
すが、最初に見つけた人にチョコレートムースが振舞
われます。

デナリまで車で行くことも出来ますが、国立公園の中
は自然保護の観点から、一般車両は入れず、公園の
バスツアーに参加する以外にありません。                    

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アラスカ夏紀行 1 [旅日記]

前ページ、「アラスカへ!」の続きです。

アラスカ州は、アメリカ合衆国最大の州です。
面積は日本全体の約4.5倍で、そこに約65万(岡山市の人口よりさらに少ない)の人々が住んでします。
人口最大の都市はアンカレッジで、約28万人、それ以外の都市は全て10万人以下です。
そしてこれらの大都市が集中しているのが、比較的温暖な中南アラスカです。

日本から直行便があればハワイより短時間で行けますが、残念ながら定期便ではアメリカ本土か韓国を経由しなければ行く事が出来ません。

アラスカといえば、氷原の上に輝くオーロラ、雪の上を走る犬ぞり、アザラシの毛皮のコートを着た先住民族などを想像なさる方が多いかも知れませんね。
それもアラスカですが、
でも、5月ともなれば、文字通り長く暗い冬から抜け出して、街にも野山にも、次から次へと様々な花が咲き競う季節がやって来ます。
そして夜の8時になっても、私たちの午後3時のように明るい太陽に、キラキラと新緑が輝く季節になるのです。
中南アラスカとそれ以南の平地では、太陽の照る時間には、充分ノースリーブとショートパンツで過ごす事ができるのです。

私たちは1992年の6月と8月、そして2001年8月と、合計3回、各2週間前後の旅をしました。
1997年7月にも計画したのですが、予定していたメンバーの一人が直前に病気になり、中止しました。

一行の中で最も若かったのが一回目の時の娘4歳、最高齢は3回目の時に同行した叔父80歳。
どの回も5人の家族や友人のグループで、全部に参加したのが娘と私です。

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